コラテラル(DVD)を見た

マイケル・マンの「コラテラル」を見た。2004年の公開当時は、「設定に無理がある」だとか「トム・クルーズがミスキャスト」だとかで評判があんまりよろしくなく、予告などを参照すると確かにそのような予感がしたので、結局見ないまま過ごしていた。で、昨晩やっと見たのだが、これが非常に良くできた映画で、とても勿体ないことをしたと後悔した。不安な評判におののいてまだ見てない人は、是非とも見るといいと思います。以下、ネタバレします。
タクシー運転手のマックス(ジェイミー・フォックス)は、その機知と洞察とモラルから察するに、我々一般より明らかに優れた資質の持ち主であったが、しかし依然として凡夫であった。ひそかに「いつかリムジン・サービスの会社を興して、高級顧客を相手に立派なビジネスをするのだ」と言う夢を抱いているが、マックスにとってさえ日常の軛は重く、特に具体的な進展のないまま10年以上の月日が過ぎている。唯一の進捗と言えば、客待ちの空き時間に高級リムジン車のカタログをめくって「ウウム・・・これだぜ・・・やっぱりこの車だよな・・・」と羨望のうめきを発することだけであり、しかし賢明な男なのでその不毛さに何か後ろめたいものも感じており、このくだりのマイケル・マンの演出は神懸かり的に凄まじい。
さて、マックスが夜勤をしていると、「ヴィンセント」と名乗る銀髪の男(トム・クルーズ)が乗車してきて、チップをはずむから用事に付き合え、と言い出す。マックスがチップを受け取って用事に付き合うと、驚いたことにそれは殺人で、どうやらこの男はヒットマンで、話を聞くと一晩で5人殺す用事があるから順番に回れ、と言う話なのだった。
多くの人が「設定に無理がある」と評する通り、ヴィンセントのヒットマンとしての杜撰さには異常なものがある。そのデタラメさはほとんど常軌を逸しており、端的に言って頭がおかしい。殺人にタクシーを利用すると言う発想からしてそうなのだが、まず、どう見ても証拠を隠滅しようという意志がない。たとえば第一の仕事はビルの4階の窓際で遂行されるので、死体は窓ガラスを突き破って落下し、待機していたマックスのタクシーを直撃するのだが、こんな殺し方をするヒットマンは普通だろうか。また、それでどうするのかと思えば、死体を取りあえずトランクに詰め込み、血だらけの車をペットボトルの水で洗い、フロントガラスに蜘蛛の巣が入った状態で、そのまま第二の仕事に出発するのである。更にこれは後に分かることだが、ヴィンセントは足がつきそうな証拠の類も平気で現場に放置していく。ここまで来ると、脚本に明確な意図を感じざるを得ない。つまり設定に無理があるのではなく、ヴィンセントが狂っているのである。
マイケル・マンの鋼鉄の演出のもと、トム・クルーズは完全にそれを理解しており,結果として彼は「冷徹なヒットマン」など演じてはいない。冷徹さの下には熱を持った混乱と動揺と虚無とがあり、マックスと友情を結ぼうと望んでいるが、頭がおかしいのでそれは叶わない。自殺的な杜撰さで仕事を遂行しようとするのは破滅願望かも知れないし、あるいは単にアホだからかも知れない。こうした異様なキャラクターを、トムちんは実に巧みに演じている。スターだからと言って何でもかんでも馬鹿にしたものでもない。
道路に犬が出てきて変な音楽が流れ始めるシーンの意味はよく分からないし、トム・クルーズは撃たれてもモンスターのように死なないが、なかなか面白い映画であった。序盤のジェイミー・フォックスとジャダ・ピンケットの掛け合いだけでも充分に見る価値がある。