スカイ・クロラは何なのか

押井守は基本的に「確固たるものに思うさま従属したい」「そこで永遠にモラトリアムをループしたい」と言う願望と葛藤の人であろうと思うが、そんな人が葛藤の若年期を経て、自身を「俺はもう大人の男だ」と定義づけたとき、一体何が起こるのか。まず、「俺は若い人に言いたいことがある」と言う状態になり、「葛藤に葛藤を重ねた結果、願望は願望のとおり美しいものであることが分かった」と言うことになり、犬と軍服の少女とプロペラ機が出現し、日常を否定しようと決心した若者たちを黒ヒョウマークの戦闘機で次々と撃墜し、円環からの脱出を阻止するのである。スカイ・クロラとは、そこにいろ!それは素晴らしいから!と言う、一種の啓蒙なのではないか。
が、困ったことに、現実の世界は押井映画の舞台設定とは異なっており、日常はモラトリアムではないし、属しているのは超然とした軍隊でも警察でも巨大組織でもないので、まず経済的な葛藤と言うものがあるのだった。また、現実の人々は押井守のように才能に恵まれてもいないし、適切な努力を行う賢明さも持ち合わせてはいないので、精神面の葛藤もあり、その人生には本物の無為があり、いかに昨日の足跡を避けて歩こうと景色は変わらず、闇はドンヨリと深いのだった。しかしながら、それでも「いや、そこにいろ!それは素晴らしいから!」などと言う戯言を、親身になって言ってくれる大人が上の世代にいると言うことは、それはそれで心強くもある。少しだけ。